明るい茶髪の男――久島秀一が家に帰りついたのはスマホの時計が午前一時を示した頃だった。
タクシーの運転手に礼を言い、秀一は”安達”というネームプレートが掲げられた一軒家の玄関ドアに鍵を差した。入って早々に鍵をかける。
秀一は廊下の先にある仕事部屋をノックして、返事を待つこともなく開けた。
「善貴。ただいま」
「おかえり、しゅうちゃん」
革製の重厚な椅子をくるりと回転させ、白衣を揺らしながら気の抜けた返事をした男の姿を見て、秀一は頬を緩ませた。
白衣の男は、名を安達善貴という。この家の家主だ。秀一は彼と同居していた。
男の座る椅子に近寄ると、両手を広げておいで、の合図がされた。誘われるままに腕の中へと収まりにいけば、男はもう一度おかえり、と呟いて秀一と唇を触れ合わせる。
部屋の向かって右側に設置された本棚には、プログラミングに関する資料が、反対側には機械工学に関する資料がずらりと並んでいた。
全体的に小奇麗な部屋だが、秀一はある部分に目を落とす。
「また机散らかってるぞ」
「夢中になっちゃってつい」
机の上には、モニターが二台とキーボード、もう少しも温かくなさそうな飲みかけのコーヒー、本が数冊の他に、長方形の枠、何かの機械の基盤、四角いバッテリー、小さい螺子や精密ドライバーなどが大量に散乱していた。それらには見覚えがあり、決して機械に詳しいわけではない秀一にもすぐにスマホたちのあられもない姿だと気が付いた。
「仕事は?」
「終わってる」
「スマホの分解?」
「ジャンク品だからおっけーなの」
「はいはい」
秀一は、善貴の機械好きを良く知っている。高校の頃からの付き合いだ。同居しだしたのは二十歳の頃で、およそ四年前のことになる。
彼はプログラマーとして仕事をして、その合間に子供の頃から好きだというマシンパーツに愛を注いでいた。
機械に熱を向ける彼の目が好きで恋仲になったのだし、そこに文句を言うつもりはないのだが……少しは机の上を整理整頓してほしい。
「しゅうちゃん、明日は?」
「休み」
「俺も休み。久々に被ったね。あ、コーヒー飲む? さっきお湯沸かしたからすぐ作れるけど」
「飲む」
「じゃリビング行こ。僕も新しいのがいいし」
リビングに移動して、ソファに腰掛けて、入れたばかりのコーヒーを飲みながら少し談笑をして。
小一時間ほど話しているうちに、仕事の疲れからか秀一は船をこぎ始め、やがてこてん、と眠りに落ちた。
隣でカップを傾ける善貴の瞳が、機械に向けるそれと同じだけの熱を孕んでいるとも知らず。
秀一が目を覚ますと、見知らぬ石の天井が広がっていた。
剥き出しの石壁で囲われたそこは、部屋というよりは寒々しい箱の中だ。少なくとも秀一が知っている自宅ではなかった。
……わけがわからない。眠っている間に何があった?
秀一は懸命に状況を理解しようと、頭をフル回転させた。
体勢的には完全な仰向けというより、リクライニングを倒した座席の形だろうか。背中に伝わる感触的にも、大きな革張りの椅子のようだ。
なんとなく違和感を覚えたが、ひとまずこのままではらちが明かないと、身体を起こそうとしたところで、身体が動かないことに気が付いた。
おそるおそる右側へと視線を運ぶと、まず裸の腕が目に飛び込んでくる。先ほどの違和感の正体はこれだ。寒々しい気がしていたのは何も冷たい石壁のせいだけじゃない。今の秀一は全裸だった。下着すら履いていない。
さらにその先。手首を見やれば、革製のベルトで椅子と手首を固定されているではないか。もう見なくてもわかる。四方に伸ばされた手足がそれぞれベルトで固定されているのだ。
「……は?」
それが秀一の心の底から、精いっぱい感情の籠った感想だった。
「おはよしゅうちゃん」
聞き覚えがありすぎる気の抜けた男の声が石壁の部屋で微かに反響する。
秀一はくわっと目を見開いて「善貴! なんだよこれ!」
「俺が新しく作ったマシーンを試してもらおうと思って」
「マシーンって……お前が作ったディルドとかのことか? だったらこんなことしなくてもベッドで十分だろ! つーかここどこだよ!」
「地下室。しゅうちゃんに内緒で作ったんだよ」
凄む秀一を横目に、善貴は淡々と質問に答えながら手元のノートパソコンのキーボードを片手でタイプしていく。タンっと小気味よい音で締め括られ、善貴の手の動きが止まると同時に、秀一の脚と繋がれている椅子が稼働した。
ゆったりと足を伸ばした体勢から、ぐっと脚を曲げ、股を開いた状態へと椅子が変形したのだ。
「なっ、なんっ……」
「しゅうちゃん、これ見て」
恥辱的な格好に震えていた秀一だったが、善貴の声で視線を上げた。
怒りで気が付かなかったが、彼の後ろには大きな灰色の布で覆われた何かがあった。
善貴がにっと唇を歪めて、布を引っ張った。
大きな布擦れと共に露になったのは、導線や骨組みが剥き出しのマシンアーム数本分だったのだ。
中央に鎮座する球状のマシンが本体で、そこからアームが伸びる形になっている。先端に向かうにつれて細くなり、先端が平たく二股になったているものが二本、ただ棒状になっているだけのようなアームが二本、ディルドが装着されたものが一本。
さながらイソギンチャクが金属化したような見た目のマシーンの目的など、もはや聞くまでもなかったし、これから彼に何をされるのか考えるまでもなかった。
「まじかよ……」
「大丈夫だよ」
善貴はテーブルのゴム手袋を両手に嵌めると、液体の入ったボトルのキャップを取って、秀一の腹の上でボトルを逆さまにする。
ゆっくりと粘性の高い液体が零れ出し、やがて秀一の薄い腹の上に落ちた。
「つめたっ」
「これはね、知り合いの先生から貰った特製のローション。催淫作用があるんだってさ」
「催淫……?」
「安全性は保障するって」
ボトルの半分ほどが秀一の腹に広がり、重力に逆らうことなく鼠径部へと垂れていく。善貴はにんまりと笑って、手袋越しにローションを指先で掬い取って、重力に逆らうように腹へ、鳩尾へ、胸へと塗り広げた。
「うぁ、くっ……っあ」
鼻にかかった甘い声が、秀一の意図とは関係なく零れ出た。
「じゃあここからは、この子の出番ね」
善貴がパソコンを操作すると、アームがその見た目に反しない機械的な音を立てながら稼働を始めた。
最初に迫ってきたのは平たい先端を持つ二本だ。
二股に分かれた先端の先に、平たい舌のような形状を持った奇妙なそれらは、ぺたぺたと確認するように内腿に触れていく。ただそれだけなのに、そこからじわじわと熱が生まれる。普段なら絶対ありえないほど熱い。
「あっ、これ、へん、だっ、」
甘さが滲みだした声を自覚しながらも、抑える両手はベルトで固定されてしまっていた。既にローションの催淫効果が回り始めている影響だろうか、唇を噛むだけの力は入らない。
アームは徐々に、上へ上へと向かう。内股を通り過ぎ、局部のきわどい部分を撫でながら鼠径部へ。
次に動き出したのは、ディルドが先端に装着されたアームだった。迷うこともなく、はしたなく開かれた股下の、きゅっと閉じた窄まりにディルドの先端が触れる。ローションはとっくに鼠径部を通り過ぎ、局部も通って、尻まで垂れていた。
ウィンウィンとアームの骨組みが稼働音を立てながら、窄まりを押しては引き、押しては引き、時折慣らすように上下に動かす。ローションを擦りつけるような動きだった。
「あぅ、あんっ、そ、ゃ、だぁっ!」
「ああそういえば気付いてる? これね、この二本。カメラとマイクなんだよ。しゅうちゃんの可愛いところ全部撮ってる」
「なん、ぁんっ、やだっ、やぁ! そ、な……のッ、」
「なんでって、なんで? しゅうちゃん好きじゃん、そういうの」
羞恥と快楽に苛まれる恋人を眺めながら、善貴は楽しげだった。
その間にも鼠径部を通り過ぎた二股アームが、胸へと辿り着いていた。乳輪の縁をなぞるようにぐるぐると回るそれらを、ふたつ同時に見て初めて、秀一は二股に分かれた先端の意味を理解した。
「よ、よしたか、よし、あっ、た」
「なぁに?」
大した責めを受けていないはずなのに、秀一は限界を感じていた。自身の肉の塊が、ぱんぱんに膨れ上がって、早くこの熱を解放したいと訴えているのがわかった。解放してしまえばあっという間に楽になることも、そうしてしまったならどうなるかも。
だから呼んだ。理性など捨ててしまえと悪魔のような悦楽の囁きに抗って、唯一救ってくれるひとを。
「こ、やっ……ぁう、これ、まっ、」
喘ぎの合間にどうにか言葉を紡ごうと必死になるけれど、うまくいかない。それでも善貴は、秀一が言わんとすることを理解したのかにっこりと微笑み、耳元に唇を寄せた。
「待たない」
低い機械の駆動音と共に、秀一の意識は白く爆ぜた。
コメント